裁判上の離婚原因離婚の法文解説
本条の意義
民法770条は、裁判上の離婚原因(離婚事由)を定めた規定です。すなわち、離婚訴訟においては、本条で定める基準に則って離婚の可否が判定されます。
本条は、「次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる」と規定していますが、これは、本条所定の離婚原因があるならば勝訴判決を得ることができる、という意味です。もちろん、実態上の権利(離婚請求権)を規定したものです。
この規定は、昭和22(1947)年の民法改正に際して創設されました。明治民法の離婚原因規定と比べると、現行法は種々の特色があります。
個人の尊厳と男女の本質的平等
個人の尊厳および男女間の平等の理念に反する旧法の規定が、すべて廃止されました。
姦通を扱う際の夫婦間不平等(妻の姦通は常に離婚原因とされましたが、夫の姦通は夫が姦通罪で処刑された場合に限られました)が、その代表例です。
舅姑からの虐待・侮辱や婿養子縁組のように、当人同士とは直接関係のない事情を離婚原因としていた規定も、廃止されました。
もっとも姦通自体は現行法でも離婚原因とされています(770条第1項1号)。舅姑からの虐待・侮辱なども、「婚姻を継続しがたい重大な事由」(770条第1項5号)を構成するひとつの事由になりえます。
裁判官の裁量の範囲の拡大
離婚の可否を決定するにあたって、裁判官の裁量の範囲が著しく拡大しました。
離婚原因(離婚請求を認容すべき事由)に着目すると、旧法では10個の個別的・具体的離婚原因が列挙されていたにすぎませんが、現行法では、「婚姻を継続し難い重大な事由」という包括的・抽象的な離婚原因が採用されました。
いかなる事情をもって「婚姻を継続しがたい重大な事由」と認めるかは、究極的には裁判官の裁量に委ねられるから、離婚が容易になったとは必ずしも言えないでしょう。裁判官の裁量いかんでは、かえって離婚を厳格化することにもなりかねないからです。
判例をみる限り、裁判所の対応は、概ね妥当なものであったと考えられますが、やや厳しすぎるようにみえる判決もないわけではありません。
離婚請求棄却事由(離婚原因が存在するにもかかわらず、請求を棄却すべき事由)に関しても、旧法では、個別・具体的に規定されていました。しかし、現行法では、一般化・抽象化がはかられました。抽象的離婚原因の採用と表裏の関係にあります。
ここでも、裁判所による柔軟な取り扱いが可能になった反面、離婚請求棄却事由が、不当な離婚抑止策として用いられる危険も生じました。
案の定、離婚を求めた高齢の妻に対して、不貞を続けた夫への忍従を説くかにみえる判決が現れ、学説から厳しい批判を受けました。その後、精神病離婚に関連して被告配偶者の将来の療養・生活に対する配慮の有無が、本条項適用上の問題として浮上し、最高裁判所はこれを積極的に利用する立場をとりました。
最高裁判所が、有責配偶者からの離婚請求を認容する条件のひとつとして、被告配偶者の苛酷回避を掲げたこともあって、こうした配慮は精神病離婚や有責配偶者離婚の場合だけでなく、離婚一般の問題として肯定的に受け止められたようです。
破綻主義への転化
旧法では生死不明および婿養子離縁を除き、すべての離婚原因が被告配偶者の何らかの有責行為(広い意味での過失)をその要件としていました。
現行法では、被告配偶者無責の離婚原因として精神病が追加され(770条第1項4号)、さらに「婚姻を継続し難い重大な事由」があれば、離婚が認められることになりました。「婚姻を継続し難い重大な事由」の語義はやや不透明ですが、回復し難い婚姻破綻の意味であること、その際相手方配偶者の有責・無責は問題にはなりません。したがって、本条(離婚原因規定)全体として、いわゆる「破綻主義」を採用したものといえます。
有責主義のもとでは、離婚は、有責配偶者に対する懲罰でありかつ無責配偶者に対する報償であると考えられました。それに対して破綻主義のもとでは、離婚は、破綻した婚姻からの当事者の解放(救済)であると考えられます。有責主義から破綻主義への移行は、離婚の自由化だけでなく、離婚というものの考え方の転換を意味します。