離婚の慰謝料離婚の法文解説
夫婦間の債権債務など、離婚時に夫婦間で清算の終了していない財産関係が存する場合があります。これらは、夫婦の共同財産の清算ではないから、離婚時に清算する必要は必ずしもありません。しかし、夫婦間の財産上の紛争は、なるべく離婚と同時に解決を図ることが望ましいという観点から、財産分与の際に考慮されることがあります。ただし、財産分与として一部処理するなどが相当でないと認められるような、特段の事情のないことが前提です。
問題になるのは、過去の婚姻費用の清算です。婚姻中に夫婦の一方が婚姻費用の分担義務を怠ったために、他方が過当に婚姻費用を負担した場合には、離婚時にその清算をしないと不公平を生じます。当事者の協議または家庭裁判所の調停・審判によりその具体的内容や方法が形成されている場合には、通常の債権債務と異ならないが、離婚時の財産分与の際に一括して処理することも認められています。
問題は、その具体的内容や方法が形成されていない場合に、財産分与に含めて処理することができるかどうかです。判例は、過去の婚姻費用の分担の対応を、財産分与の額および方法を定めるについて考慮される「一切の事情」のひとつであるから、当事者の一方が過当に負担した婚姻費用の清算のための給付をも含めて、財産分与の額および方法を定めることができるとしました。
婚姻費用は、本来は婚姻の継続中に夫と同居する妻子の生活費として支払われるのが通常であることを考えると、財産分与による一括処理は望ましいことではないが、それを否定することも実際的とは言えません。ただ、その弊害を少なくするため、過去の婚姻費用の清算にあたっては、婚姻費用の分担請求と同一の算定基準によるべきでしょう。
判例は、財産分与に損害賠償の要素を含めて給付がされた場合において、離婚慰謝料の支払いを請求するときには、その額を定めるにつき、損害賠償の要素を含めて財産分与がされた趣旨を斟酌しなければならないとしました。
そして、この財産分与によって、請求者の苦痛がすべて慰謝されたと認められたとするときは、重ねて慰謝料請求は許されないが、財産分与に損害賠償の要素を含めたとは解されないとき、または、含めたとしても請求者の苦痛の慰謝に足りないと認められるときは、別個に不法行為による離婚慰謝料の請求を妨げられません、と判示しました。
この判決は、財産分与請求権と慰謝料請求権とは併存しうるものであって、一方が実現されたからと言って、当然に他方の行使が妨げられることはないことを示しました。しかし、両請求権の間には相関性があり、財産分与の内容によっては、後の慰謝料請求に影響することを示しました。
これは、包括説と限定説との折衷とも言える立場で、理論的には徹底しないが、実際的な解決を意図し、実務上の指針を示して、具体的事案に応じて「解決の一回性」も、「個別請求の可能性」も、活かすことのできる妥当な運用を可能にするものです。
その後、判例は、両請求権が別個のものであることを前提に、離婚の訴えに附帯して離婚に基づく損害賠償と財産分与の双方を併合して請求することができること、その場合には裁判所は財産分与の額を定めるにつき、損害賠償の点をその要素として、考慮することができなくなるに過ぎないと判示しました。
判例は、財産分与額を定めるには、一切の事情を考慮することを要するので、慰謝料支払い義務の発生たる事情も当然に考慮されるべきであると判示しています。この判決は、事案に即して財産分与請求が可能な立場にあることは、離婚慰謝料の請求を妨げるものではないとするにとどまり、財産分与の性質や料請求権の相関性についてはなんら判示していません。
しかし、本判決の理解をめぐって学説の見解は分かれ、下級審の判決・審判も混乱し、特に本事案とは逆に先に財産分与がされた場合には、もはや慰謝料請求は認められないとする見解も示されていました。
最高裁判所の判例で、次のような事由があります。夫側の有責事由によって婚姻関係が破綻し、妻から離婚の訴えと財産分与の申立てがされ、離婚とともに財産分与として、整理タンス一棹、水屋一個の引渡しを命ずる判決の確定後、妻から夫に対し慰謝料請求がされました。
判例は次のように述べました。第一に、すでに財産分与がされた後の不法行為を理由として、別途慰謝料の請求をすることは妨げられません。
第二に、裁判所は財産分与の判断に際して、「一切の事情」を考慮するので、相手方の有責行為により財産分与請求者の被った精神的損害の賠償のための給付を含めて、財産分与の額および方法を定めることができるとしました。
財産分与と慰謝料の関係について包括説と限定説の対立がありますが、両説は手続きとの関連で、さらに細かく対立します。包括説のうち、包括不可文説は、慰謝料請求権の実体は財産分与請求権に吸収されて後者だけが存在し、手続き的にも不可分一体であるとします。それに対し、包括可分説は、慰謝料請求権の分離独立は可能であり、手続き的にも両者を分け得ると言います。
限定説も、慰謝料と財産分与を別個のものと認めつつ相互の関連を認める限定相関説と、両者をまったく別個独立の観念としその間に相関性も認めない限定独立説に分けられます。
実際には、調停・審判・判決のいずれの場面においても、財産分与・慰謝料とも、離婚と同時にあるいは一回で解決されるのが一般的です。両者の違いは実務では比較的稀な、離婚と同時に離婚給付が解決されなかった場合や、財産分与と慰謝料とが手続き上別個に請求された場合に現れるといいます。
最高裁判所判例昭和31年は、財産分与がされていない段階で、妻から夫に対し離婚と慰謝料を請求した場合です。夫側は、新法によって財産分与請求権が認められた以上、慰謝料請求は離婚原因による慰謝料請求だけが認められると主張しました。
最高裁判所は、次のように判示しました。すなわち、財産分与請求権は、必ずしも相手方に離婚につき有責不法の行為のあったことを要件とするものではなく、離婚慰謝料の請求権とはその本質を異にします。権利者は、両請求権のいずれをも選択して行使することができます。
ただ、両請求権は互いに密接な関係にあり、財産分与の額及び方法を定めるには、一切の事情を考慮することを要します。よってその事情のなかには、慰謝料支払い義務の発生原因たる事情も当然に斟酌されるべきであると、述べたのです。
離婚慰謝料につき、判例は、夫婦の一方が婚姻関係の破綻原因となった他方の有責行為により、離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことについて、損害賠償を請求するものであるとしています。身体・自由・名誉などを、侵害する個別の有責行為にもとづく慰謝料とは別個に、その請求を認めています。
このような不法行為による構成に対しては、精神的苦痛の内容が不明確であるとか、離婚それ自体は不法行為にも債務不履行にも該当しないとか、709条の解釈範囲を著しく拡大するといった批判が寄せられ、不法行為によらない構成によって離婚慰謝料を根拠付けるものもあります。
財産分与と慰謝料との関係について、包括説と限定説とに大きく分かれます。包括説は、財産分与を精算的要素・扶養的要素の他に、慰謝料的要素を含む包括的な離婚給付とみます。起草者も、この立場に立っていたことを、理由の一つとします。また、本条は財産分与の判断をする際に「一切の事情」を考慮するとしており、慰謝料的事情を廃除する理由のないこと、戦後の改正により、離婚そのものによる不利益救済のための特別の制度として、財産分与制度が規定された以上、離婚による不利益の救済は、財産分与制度によるべきであることを根拠とします。包括説は、離婚給付をめぐる紛争を家庭裁判所の審判手続きで、一挙に解決できる点(解決の一回制)を強調します。
それに対し、限定説は財産分与は、夫婦財産の清算と離婚後の扶養を含むが、慰謝料的要素を含まないとみます。両者は本質を異にし、手続き的にも別個で管轄を異にすること(前者は家庭裁判所の審判事件、後者は通常の家庭裁判所の管轄)、前者は2年の除斥期間にかかるが、後者は3年の消滅時効にかかることなどから、それぞれ別個の権利であり、個別請求も可能であるとします。解決の一回制を強調することは、伝統的に離婚給付の低額な日本において、その低順化につながると、限定説は包括説を否定します。